いつでももっと速く走りたい

映画の中で何度もでてくるセナの「政治力」という言葉があります。当時のFIA会長は剛腕と名高いジャン=マリー・バレストルです。ジャン=マリー・バレストルはプロストとセナが熾烈なチャンピオン争いをする中で、マクラーレン・ホンダに「両者に平等なマシンを与えるように」という異例ともいえる書簡を送っています。同じフランス人ドライバーのプロストに強く肩入れして、ブラジル人のセナに勝たせたくないという彼の思いが異例な書簡を送ることになったのでしょう。

強い政治力を持つFIA会長ジャン=マリー・バレストルからセナはある意味で目の仇にされていたために、「危険なドライバー」と見なされてしまいスーパーライセンスの発行がされないという事態に陥ります。

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やられたらやりかえす

プロストに肩入れするジャン=マリー・バレストルは、セナにスーパーライセンスの発行をしぶりセナに「F3000にでも出たらいいだろ?」とまで言われて、引退の危機に見舞われました。セナ自身もある程度腹をくくった状態でしたが、バレストルのセナへの態度にF1関係者からもかなりの非難の声もでました。結果的にセナが折れる形で、謝罪する形をとったため1990年シリーズが開幕する直前スーパーライセンスが発行され、セナが参戦することが決定になりました。

2度目のタイトル獲得

マクラーレンからフェラーリへ移籍したプロストとセナは激しいタイトル争いを再びすることになりますが、1990年は1989年のセナとは違って安定した手堅いレース運びを見せるような走りを見せて入賞11回、優勝6回で見事に2度目の世界チャンピオンとなりました。そしてセナ自身も目標にしていた通算50回目となるPPを第14戦スペインGPで獲得もしているので、セナの『いつでももっと速く走りたいというのが僕の本性。 これだけは変えようのない僕の本質的な部分』と語っている通り、いつでももっと速く・・をそのままに、セナが大活躍した年になりました。

そして1989年第15戦日本GPのリベンジを果たしたことも1990年のセナについて特筆すべきことでしょう。

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セナのリベンジ

前年度の日本GPでも勝利しなくてはプロストのタイトルが決定するという大事なレースでしたが、1990年の第15戦も再びプロストとセナのタイトルを争うGPとなりました。ただし1990年はお互いが逆の立場で、プロストがノーポイントならばセナのタイトル獲得が決定するという日本GPとなりました。

フロントローに並ぶのは3年連続でセナそしてプロストの順で並びます。今までの過去2年で、セナはスタートで失敗していますがこの時もまたレースで出遅れてしまいます。1コーナーに進入した時には、アウトにプロストのフェラーリで、インにはセナでした。そしてアウトにいたプロストが、レコードラインを守ってインに切れ込みますが、そこでインにいたセナはプロストにインを譲らなかったためセナとプロストの2台のマシンは接触してグラベルに弾き出されたため、結局セナもプロストもリタイアとなり、プロストがノーポイントとなったためこのリタイアで、セナのタイトル獲得が決定しました。

同じサーキット場でそしてセナとプロストという、同じドライバー同士が2年連続で接触してそしてチャンピオンが決定するという結果に、前年度の1989年のセナとプロストの接触をプロストが故意に仕掛けたものだとセナが判断したがために、セナが報復したというセナの報復行為には非難が浴びせられました。後にセナ自身も故意の接触を認めていて、FIA会長ジャン=マリー・バレストルへの報復としてプロストに故意にぶつけたことを認めています。

「セナVSプロスト」という確執はどうしても仕方のないことだったと思います。セナは自分を鼓舞するために、自分がもっともっと速く走るためにライバルが必要でした。ライバルがいればこそ、ライバルを抜きたいという少しでも速く走りたいとレーサーとしてのモチベーションを保つためにも、ライバルの存在として強いライバルが必要でそれがプロストだったからです。

1992年にプロストは1年間レースを休養していた時期がありますが、セナはプロストに電話をしてよく話をしていました。そしてプロストがレースにいないからやる気がでないともプロストにこぼしていました。1989年は確かにセナとプロストの関係は険悪な関係ではありましたが、それ以降プロストがフェラーリに移り、よきライバルとして認め尊敬の気持ちを持ちながらもライバルとして相手よりも速く走ろうと切磋琢磨したのでしょう。テレビカメラの入っていないところでは、セナとプロストはよく話をしていたことも明かされています。

因縁のライバルといわれたセナとプロストですが、現在アイルトン・セナ財団の管財人をプロストが務めていることから尊敬の念を抱きながら良いライバルとして、互いが互いを刺激しあうという良いライバル関係だったことが伺えます。

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